アズさんは半世紀ほど生きてきて、今、ありがたい事にそれなりに幸せを感じられるようになった。
しかし、たいていの人が何かしらの悩みを抱えているように、アズさんも過去を振り返るとまあまあしんどい人生だった。
しんどさの原因は、HSS HSP気質によるものが大きかったと思う。
そんなアズさんが、どうして、今、幸せを感じられるようになったのか?考えてみた。
やめる事に意識を向けるようになってから、なんだか生きやすくなってきた気がする。
そこで、やめて良かった事を言語化してみようと思った。
今回は『頑張る事』をやめて良かった事について書きたいと思う。
アズさんは小さい頃から夢とかやりたい事が特にない事が悩みだった。
大人からは「大きくなったら何になりたい?」と聞かれ、学校では将来の夢を文集に書かされる。
そんな環境だと、「夢のない自分はおかしい」、「何か夢があるはずだ」、と思うようになり本末転倒に夢を探していた。
「頑張って夢を探さなくてはいけない」と思うようになっていた。
こうして、「頑張らなくてはいけない人生」が始まった気がする。
小さい頃は好きに楽しく遊んでいたのが、小学校高学年、4年生くらいになると他人との比較を意識し始めるようになりだした。
すると人より劣っている事ばかりが目につき、「こんな自分なんて駄目だ」思考がむくむくと育ち始め、更に駄目な自分探しをする。負のループにはまりだした。
中学・高校はずっとこの負のループにはまっていて、「こんな自分なんて誰からも相手にされない」と、孤独感と悲壮感で毎日押しつぶされそうになっていた。
加えて、怒られる事をもの凄く恐れていて、常に人から怒られないように気を張って生きていた。
「もっと勉強を頑張らなくてはいけない」「もっと人の迷惑にならないように頑張らなくてはいけない」「こんな見た目じゃ恥ずかしいからもっと痩せなければいけない」
など、「もっともっと○○しなければいけない」と、「常に何かを頑張らなくてはいけない」と思っていた。
しかし、思っているだけで、行動は伴っていなかったので、何も変わらずに更なる自己否定が酷くなるループにはまっていた。
20代、30代では「こんな駄目な自分を変えたい」と自己啓発本などを読んだりもした。
引き寄せの法則的な事にまじめに取り組んだりもした。
ポジティブシンキングは一時は気分が少しポジティブになった気がしていいような気がする。
が、根本的には願っただけなので当然ながら何かが大きく変わった訳ではない。
またすぐに「こんな駄目な自分はもっと頑張らなくてはいけない」と負のループに陥るのだった。
と、まぁなんとも自分的にはしんどい20代30代を過ごしてきたが、40代に入り転機が起き始めた。
「常に自分の事を駄目な自分だと思っているけどほんとにそう?」と疑問に思うようになってきたのだ。
これは、いろいろな経験を重ねてきた事といろいろな本を読んだりして得た知識等が結合してそんな風に思えるようになってきたのだと思う。
いつも「自分の事を駄目だと思っていた」が、「そもそも駄目でもいいじゃん!そもそも人なんてみんな駄目な所もいい所もあるものだよね!」と、思えるようになってきたのだ。
そんなふうに思えるようになってきたら、不思議な事に自分に優しく出来るようになってきた。
すると不思議な事に「自分の弱さも含めて全てが愛おしくなってくるのだ」
こうなってきたらほんとに不思議な事に「駄目な自分でも全然いいじゃん!頑張らなくて良くない?」
と、思えるようになってきて、「金輪際頑張りません」と言い切れるまでになったのだ。
「頑張らなくてもいい!」と思えるようになってから行動も出来るようになってきた。
おそらく、「駄目な自分も最高!」くらいまでに思えていると「出来たら出来たでやったー!」となるし、「出来なければ出来ないでこんな自分もいいよね!」と、どちらに転んだ自分も受け入れる事が出来るようになったからだと思う。
以前は出来ないと「こんな自分はやっぱり駄目だ」となってしまい、行動するのが怖くなっていたのだ。
頑張らなくてはいけないと思っている時は、「なんか周りもみんなやってるし、世の中の常識的にやらないといけないよな~」とか、他人の目を気にしていた気がする。
そもそも素直に自分の価値観に沿ってやりたい事をやるうえでは、「頑張らなくてはいけない」なんてワードは出てこないのだ。
アズさんは、「自分の弱さを受け入れる事が出来て」→「頑張らなくていい」と、思えるようになった。
が、「頑張らなくていい」と、思った事で→「自分の弱さを受け入れられる」パターンが合っている人もいるのではないかと予想する。
これは何が言いたいのかというと、「頑張らなくていいと思える事」=「どんな自分も受け入れられる事」
が、成り立つ事を実感したからだ。
一方が出来たら、必然的にもう一方も出来るようになっているのだ。
もし、常に何かを頑張らなくていけないと思っている人がいたらまずは「頑張らない宣言」をしてみて欲しい。
そうして、出来なくてもそんな自分を受け入れて欲しい。
次第に頑張らないでたんたんと行動出来るようになり、どんな自分も受け入れられて生きやすくなるかもしれないので。
人生100年時代と言われているが、もし、長く生きられるとしても、ただ、長く生きるだけでは意味がないと思い始めてきた。どうせなら深く生きていきたいと思うようになってきた。
「アズさんにとっての深く生きるとは何か?」人と比べるのではなく、今までの自分の人生を教訓に改善していき過去の自分より充実する事を求めている。
深く生きる人生を過ごすために過去の自分を深堀りしていくことが大切になる。
自分を深堀りしたく、このブログを書いている。
その深堀りした気づきが、もしも他の誰かの気づきの一助になってくれたらこんなに嬉しい事はない。
同時に「明日は死んでいるかもしれない」これも常に忘れずに生きていきたいと思う。
明日死んでもいいように!明日生きてもいいように!
今を精一杯生きていきたいと思う。


コメント