やめて良かった事~スマホを持ち歩く事~

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アズさんは半世紀ほど生きてきて、今、ありがたい事にそれなりに幸せを感じられるようになった。

しかし、たいていの人が何かしらの悩みを抱えているように、アズさんも過去を振り返るとまあまあしんどい人生だった。

そんなアズさんが、どうして、今、幸せを感じられるようになったのか?考えてみた。

やめる事に意識を向けるようになってから、なんだか生きやすくなってきた気がする。

そこで、やめて良かった事を言語化してみようと思った。

今回は『スマホを持ち歩く事』をやめて良かった事について書きたいと思う。

たいていの人が外出する時はスマホを持ち歩いていると思う。

家の中ですら持ち歩いている人もいるだろう。

アズさんも近所に買い物に行く時もちょっと出かける時も「何かあったら困るかも」との思いから持ち歩いていた。

が、ふと思ったのだ。

「ほんとうにスマホを持ち歩く必要ってある?」と。

「スマホがない時は持ってなくても問題なかったな?もしかするとスマホを持ち歩かなくても平気なのでは?」と。

そこで、「スマホを持ち歩くのやめてみよう!」と思い、いきなり長時間やめるのは怖いので、まずは紅アズ(犬)の散歩から持って行くのをやめてみる事にした。

毎日45分~1時間くらい散歩をしている。この時にスマホを持っていかない事にしてみた。

結論→何の不都合もない

びっくりするくらい、何も問題ないのだ!

これなら!と思い今度は近所へ買い物に行く時に持って行くのをやめてみた。

結論→何の不都合もない

びっくりするくらい、何も問題ないのだ!

今度は趣味のボルダリングジム(近所にある)に行く時に持って行くのをやめてみた。

結論→何の不都合もない

びっくりするくらい、何も問題ないのだ!(しつこいですが・・・)

笑ってしまうくらい何も問題がないし、不都合もないのだ。

ただ、ボルダリングジムでは「自分の登りの改善点を見つける為などに録画する」「登り仲間との連絡先を交換する」などのスマホのメリット点も多いのだ。

アズさんは登りの目的が上達する事よりも「健康の為」「ジム仲間とのコミュニケーション」に重きを置いているので、仲間の連絡先はすでに知っているし、録画もしないので必要ないだけなので、人によっては必要だと思う。

もう1点注意点として、アズさんは現在は無職生活なのだが、以前はパートの仕事をしており、その際も持って行かなくても問題なかった。

が、これは仕事場が近所だった、労働時間が短時間だった、子供が中学生になっていた。

などの条件だったので可能だったと思う。さすがにフルで働いている方、小さなお子さんがいる方が、スマホを持ち歩かないのは何かある可能性が高い事を考えるとおすすめしない。

ご自身の生活の状況にくれぐれも応じてもらえたらと思う。

例えば、「休みの日は1時間持ち歩かないようにしてみる」とか。

こうしてスマホを持ち歩かなくなって、良かった点は、シンプルに「気楽になる!」これにつきる。

連絡をいちいち気にしなくていいのはほんとうに気楽だ。

自分の時間をコントロールしている感が出て自由を感じるのだ。

こうして、「1時間持ち歩かない」から始めて徐々にスマホを持ち歩かない時間を増やしていき、今ではスマホを持ち歩くのは旅行など遠出の外出時か人と会う時くらいになった。

ここで、こんな疑問を持つ方もいると思う。

「スマホを持ち歩いても見なければいいのでは?」と。

アズさんももちろん思った事だ。が、誰しも経験あるであろう「なるべく見ないように見ないようにしていても、持っていたら見てしまう」ものなのだ・・・人の意思は弱いのだ。

目の前に美味しそうなスイーツがあったら食べたくなるのと同じように。

物理的に無ければ見たいとも思わないのでほんとうに気持ちが楽になる。

逆に、「何かあったらどうしよう?」と気になってしょうがない人には、持ち歩かない事が余計ストレスになると思うので、そういう方は持ち歩いた方がいいと思う。

どちらにせよ、現代は便利さと引き換えに余計なストレスがこうやって積もっていっているのだとスマホを持ち歩く事をやめてみて実感したのだった。

アズさんは、スマホを持ち歩かなくなってからほんとうにストレスが軽減された。

「スマホに自分振り回されてるなぁ~」と思っている人がいたら、ちょっとだけスマホを持ち歩かない時間を作ってみる事をおすすめしたい。

そうして、問題なかったら少しずつ持ち歩かない時間を増やしていって自分自身との心地良い塩梅をさぐってもらえたらと思う。

お金はかからず心の自由が手に入る!とんでもなくコスパの良い事だと思うので!

人生100年時代と言われているが、もし、長く生きられるとしても、ただ、長く生きるだけでは意味がないと思い始めてきた。どうせなら深く生きていきたいと思うようになってきた。

「アズさんにとっての深く生きるとは何か?」人と比べるのではなく、今までの自分の人生を教訓に改善していき過去の自分より充実する事を求めている。

深く生きる人生を過ごすために過去の自分を深堀りしていくことが大切になる。

自分を深堀りしたく、このブログを書いている。

その深堀りした気づきが、もしも他の誰かの気づきの一助になってくれたらこんなに嬉しい事はない。

同時に「明日は死んでいるかもしれない」これも常に忘れずに生きていきたいと思う。

明日死んでもいいように!悔いは残さず。明日生きてもいいように!備えて。

今出来る小さな事を精一杯していきたいと思う。

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